フリーランス

【43歳で構成作家として独立】フリーランスになった理由とは

ことりと申します。2019年7月、43歳にして独立。フリーランスの構成作家、ライブ/イベント制作等諸々、いわばなんでも屋として生きております
構成作家って何するの?→テレビ、ラジオ、YouTube番組等各メディア、ライブ/イベント等の企画/構成を考えたり台本を書いたりする人。特にテレビ、ラジオ等放送媒体の企画/構成を考え台本を書く人は「放送作家」とも言う。メディア以外の各種ライブ/イベントやマスコミの記者発表、はたまた結婚パーティーまで必要とされれば企画/構成を考え台本を書く。別に資格がある訳でもなく、名乗れば誰でも自称「構成作家」。

ライブ/イベント制作って?→ライブやイベントのスケジュールと内容が決まってから当日に向けての準備の領域は「制作分野」と呼ばれます。具体的には、イベントプログラムを本番で成功させるための体制作り、スケジューリング、コンテンツ実行に関係してくる様々なセクションに対する調整、指示出し、交渉、発注などの業務になります。

もともと吉本で芸人やってました

他人には無い独自の発想がある、おもろいネタが書けると根拠も無く思い込み、吉本興業ピン芸人(1人で活動する芸人)をしておりました。かつて渋谷にあった渋谷公園通り劇場を中心に(劇場は1998年に閉館)4年少々活動しましたが(→早稲田大学在籍中に初舞台【吉本興業】【渋谷公園通り劇場】参照)、箸にも棒にもかからず、新宿にルミネtheよしもとという劇場が出来てしばらくした頃、才能の限界を感じ芸人を辞めました。

挫折、そして安定を求め

そこから構成作家見習いを経て、売れっ子放送作家、構成作家へ・・・という道から逸れて、気づけば会社員として与えられた場所と保証のある状態業務としてコンサートやイベントの台本を書いたり、その後は制作業務を務めたりして十数年過ごしてきました。

それでも抑えきれない思い

サラリーマンを続けていれば、毎月給料がもらえて、年金や保険等含め(天引きされるわけですが)安定しているわけです。それでも、どうしてもアイデアを出したり脚本台本を書いたり、自分の考えたことを形にしていくことを生業としていきたいという思いを抑えられず、この度独立した次第です。

フリーランスになって

天才であれば20代で何らかの形で世に出てたことでしょう。そうでは無い凡人の自分が43にもなってフリーランスとなりイバラの道なのは覚悟しておりますが、凡人なりに間近で見てきた凄い人たちのイズム、やり方、取り組み方などを自分なりに咀嚼し構築したノウハウやメソッドを元にモノを作っていければと日々踠いております。
特に長年ご一緒したつんく♂さんからは様々な感銘を受けました。つんく♂さんと初めて出会った時の話は↓↓↓