芸人時代

渋谷公園通り劇場閉館後①(ホームグラウンドを失って)

ことりです。44歳。2019年7月1日よりフリーランスとして活動中。

劇場閉館

1998年秋頃、吉本の劇場「渋谷公園通り劇場」が閉館となりました。1997年に初舞台を踏み、以降「渋谷新人計画」に出演していたものの、なかなか結果が出せない中奮闘した場所でもあり、また色々な芸人のネタやお笑いに限らず幅広いエンターテイメントの生の舞台を見学させてもらったり、舞台上以外も含め芸人のノリだったりを勉強させてもらったりした場所が無くなってしまいました。

何度も通った渋谷公園通り劇場

渋谷駅のハチ公口からスクランブル交差点を渡り、西武渋谷店を左に見てマルイを右に見ながら進み、公園通りを上ってパルコ前の交差点を過ぎ更に坂を少し上ったファミリーマートの手前のビルの地下にあった「渋谷公園通り劇場」。ビルの入り口から階段を地下に降りたところにチケットをもぎったりする劇場入り口があり、そこを入るとロビーになっていてお客さんが開演までの時間を過ごしたり、ライブ終わりにアンケートを書いたりしていました。ロビーの扉を開けると客席の最後方で階段状に客席が並んでおり、なぜか客席内の上手(客席から見て右側)と下手(客席から見て左側)に1本ずつの柱があり、客席から舞台を見るのにとても邪魔になっていました。芸人になる前のフリーター時代から(【芸人募集】芸人を夢見た経緯その⑥(1枚の張り紙で動き始める)参照)何度か前を通り、芸人になってからは自分の出番の時もそうでない時も何度も何度も通った場所で、今でも駅からの7,8分の道のり、舞台上から見た客席そして存在感のある柱、舞台裏の芸人が溜まる埃っぽい楽屋などの光景がありありと目に浮かんできます。

ホームグラウンドとなる劇場を失って・・・

渋谷公園通り劇場出身でいち早く世に出たのはガレッジセールのお二人でした。1997年から日本テレビ系の番組「ロンブー荘青春期」に出演、その後1998年から当時の吉本の若手4組での番組「吉本ばかな」に出演するなど徐々にテレビでの露出を増やしていきました。
この番組発でNorth-札幌吉本所属のアップダウン、East-東京吉本所属のなかよし、West-大阪吉本所属のシャンプーハット、South-東京吉本・沖縄県出身のガレッジセールの4組からなる「news」というユニットが結成されました。1999にはなかよしのお二人が抜け、代わりにライセンスが加入しました。
何組かは当時銀座にあったもう一つの吉本の劇場「銀座七丁目劇場」にゲスト的な扱いで呼ばれてネタをしたり出番がありましたが、それ以外の渋谷公園通り劇場にいた若手芸人はホームグラウンドを失うこととなり、時々吉本が借りたイベントスペースや小屋での公演はあったものの、自ずと劇場があった時に比べネタを披露する機会が減ってしまいました。

合同での芝居、路上ライブ

劇場が閉館となった1998年から渋谷公園通り劇場の芸人何組か合同で芝居をする企画が始まり「Happy Boys Bad Camp」というユニット名というか劇団名で芝居を定期的に打つようになりました(1999年から「velvet under//misin」へ名前を変え、参加メンバーも変わりました。)。またいつ頃からか正確な時期は思い出せないのですが、上記劇団に参加してるメンバーもそうでは無いメンバー含め、有志何組かで公園通りを上った代々木公園路上ライブを始めることになりました。劇場でネタをする機会が減って先が見えずにもがき苦しむ日々が続くこととなります。次回へ続きます。